一つの問いを投げかけてみた話

 

人生の意味とは何か?

 

ない。

 

これは即答。

別に悲観的なわけでもないし、

なにか拗ねているわけでもない。

 

一方で、

 

どうしたら満足して死ねるか

悔いはないか

って考えると

おや?ってなりました。

 

もしくは、

じいちゃんは何をしたから満足して死んで

あるいは

なにかを悔いて死んだのか、

そんなことを思う余裕もなかったのか

そういうことを考えてみました。

 

当然、死ぬときは

あれやっときゃよかったな...なんて思いながら

死にたくはないから

 

どうしたら満足して死ねるか

 

この問いの答えを用意するのが

ぼくらの急務となるわけです。

 

まあ、すぐ用意できるなら苦労しませんて...

 

結論

先送り。

 

答えに近づくためのアプローチ

明日、自分が死ぬと仮定する。

特に00:00ジャストにしよう。

余命2時間44分。

 

...

......

........

...........全く実感が湧かん。

 

ってか仕事疲れで死んだら死んだやな、

くらいの雑な感覚。

頭が動いてない。

 

でもこれ真剣に考えると

絶対いい答えが出る気がするんだ...

 

別に1週間後とかでもあり。

 

ま、これで見つかった答えが

すなわち、自分のやりたいことなんでしょうな。

 

 

そもそも、難しいところ

「人生の意味」と「やれば満足して死ねる何か」

これらはダブってないか、切り分けられるのか

がわからないです。

 

つまり、

「人生の意味」

「人生の目的」

と考えると

 

「やれば満足して死ねる何か」

「やれば満足して死ねる何か目的」

と思ってもあんまり違和感がない。

 

ここで気づいたこと

「人生の意味」だとあまりにも壮大なんですね。

何か大きな意味(目的)があって

人生に意味があるとは

その大きな意味に向かっていきている、

という感があります。

 

一方、「やれば満足して死ねる何か」とは

自分でもわかっていないもので

ただ、暗黙の前提として

「人生をかけてほどの大層な何か」ではない

と思っていました。

 

つまり、後者の方は

一個に限らず複数存在するかもしれない。

重みが違うような気がすると。

 

うん、なるほど。

 

さらに気づいたこと

とても安直には、

「人生の意味」「やれば満足して死ねる何か」

です。部分集合の記号、覚えておいでですか?

ぼくは忘れてました。

 

「人生の意味」とは

「やれば満足して死ねる何か」を複数個達成すること

なり。

 

→ならば、「やれば満足して死ねる何か」

を全て達成したらば、人生は悔いなし。

となるか。

 

これはこれで

味気ないというかなんというか。

10個目標があったら10個クリアすればいいんでしょ?

っていう。

小学生の漢字テストか何か?

 

ここまでの結論

「人生の意味」とは

「やれば満足して死ねる何か」の集合体で

満足して死ぬには、

「やれば満足して死ねる何か」を己で

定義し順次こなしていくのが良い。

 

ここで、問題点はありまして

「やれば満足して死ねる何か」とは何か

を決めなければならない。

と、何かわかったようで

あんまり何もわかっていないという。

 

しかしまあ、

「やれば満足して死ねる何か」とは何か

→人生にふさわしいものは何か

→限られた時間でやらなければ、と思うものは?

→明日死ぬなら、どうする?

の問いに行き着くんですねえ...

 

これによって、限られた時間でやらなければ、

の優先順位もできるでしょう。

 

なお、いつ考えるかは未定。